2015年の公開当時、私が劇場でこの作品を観たとき、エンドロール後にしばらく席を立てなかった記憶があります。それほどまでに、この映画の結末は強烈なインパクトと、ある種の「痛み」を観客に残しました。
『心が叫びたがってるんだ。』は、名作『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のスタッフが再結集した話題作ですが、そのラストシーンについては現在でも「感動した」「いや、ひどい」と意見が真っ二つに分かれています。
本記事では、なぜ本作のラストが「ひどい」と言われてしまうのか、その理由を深掘りしつつ、賛否両論の結末に込められた真のメッセージを紐解いていきます。これから作品を観る方、あるいは観終わってモヤモヤしている方の心に、新たな視点を提示できれば幸いです。
なぜ「ここさけ」のラストはひどいと言われるのか|賛否が分かれる3つの理由
多くの視聴者がこの作品の結末に戸惑いを覚えるのは、王道のアニメ映画が持つ「約束」を大きく裏切るからです。私がネット上の感想や周囲の反応を分析した結果、批判的な意見の多くは以下の3点に集約されることが分かりました。
ヒロインの恋が実らないという衝撃の結末
アニメ映画のセオリーとして、主人公とヒロインは最終的に結ばれるのが一般的です。しかし、本作ではその期待が見事に打ち砕かれます。
順の勇気ある告白と拓実の残酷な返事
物語のクライマックス、言葉を取り戻した成瀬順は、坂上拓実に対して「私の王子様」と想いを告げます。これに対して拓実は「ありがとう、でも俺、好きなやつがいるんだ」と明確に拒絶します。これまで順を支え、導いてきた拓実が、一番重要な場面で彼女の手を離す展開は、順に感情移入していた観客にとってあまりにも辛い現実です。私が観ていても、順の健気な姿と失恋の対比には胸が締め付けられる思いがしました。
観客が期待していたハッピーエンドとの乖離
多くのファンは、トラウマを克服した順が拓実と結ばれ、幸せになる「完全なハッピーエンド」を望んでいました。しかし物語は、順が失恋の痛みを知ることで成長するという、ほろ苦いビターエンドを選択します。このリアリズムこそが本作の魅力ですが、カタルシスを求める層からは「救いがない」「見ていて辛い」という評価に繋がってしまうわけです。
拓実の態度が煮え切らないという不満
主人公である拓実の行動や態度についても、厳しい意見が見られます。彼の優しさは時に残酷であり、それが事態を複雑にさせています。
八方美人と捉えられかねない優しさ
拓実は順に対して非常に親身に接し、彼女が言葉を取り戻すきっかけを作ります。しかし、それは恋愛感情というよりも、自分自身の過去の投影や、放っておけないという同情に近いものでした。私が思うに、思わせぶりにも見える彼の態度は、順だけでなく観客をも誤解させる要因となっています。彼の曖昧な優しさが、結果として順を深く傷つけることになったと言えるでしょう。
菜月への未練と順への同情の境界線
拓実の本命は、元彼女である仁藤菜月でした。物語の端々でその描写はありましたが、順との距離が縮まるにつれて、その設定が揺らいで見えたのも事実です。最終的に菜月を選ぶ展開に対し、「順を利用しただけではないか」と感じる視聴者がいるのも無理はありません。拓実自身もまた、自分の本当の気持ちを言葉にできていなかったキャラクターの一人だと言えます。
大樹の唐突なアプローチに対する違和感
ラストシーン付近で描かれる、野球部の元エース・田崎大樹から順へのアプローチも、賛否を呼ぶ要素の一つです。
野球部エースの急激な心変わり
物語前半の大樹は、順に対して暴言を吐くなど攻撃的な態度をとっていました。そんな彼が、ミュージカルの練習を通じて順の直向きさに触れ、最終的には彼女に告白までするようになります。この変化が急激すぎると感じる視聴者も多く、「唐突なカップリング」「無理やりまとめようとしている」という批判的な声も聞かれます。
順との関係性の描写不足感
大樹の心情変化のプロセスは描かれているものの、順が大樹をどう思っているかについてはほとんど描写がありません。そのため、ラストで大樹が順に声をかけるシーンは、希望を感じさせる一方で、「順の気持ちは置いてけぼりではないか」というモヤモヤを残すことになります。私が考えるに、これは恋愛の成就そのものよりも、彼らが「言葉で伝える」という一歩を踏み出したことを表現したかったのでしょう。
「ひどい」だけではない|結末に込められた真のメッセージと救い
「ひどい」という感想だけで終わらせてしまうのは、あまりにも勿体ない作品です。制作陣である「超平和バスターズ」がこの結末を選んだのには、明確な意図があります。
安易な恋愛成就よりも大切な「言葉」の回復
本作の最大のテーマは「言葉」です。順にとってのハッピーエンドは、拓実と付き合うことではなく、自分の殻(玉子)を破り、本音を言葉にして叫ぶことでした。
失恋こそが成長の証
順は拓実に失恋することで、「悲しい」という感情さえも言葉にして伝えられるようになりました。これは、呪いによって封じ込められていた彼女が、本当の意味で自由になれた瞬間です。私が強く感じたのは、この物語は「恋が実る物語」ではなく、「少女が自分の足で立つ物語」だということです。その視点で見れば、あのラストは決して「ひどい」ものではなく、彼女の未来への希望に満ちたものだと言えます。
4人のキャラクターが到達した場所
順だけでなく、拓実、菜月、大樹の4人全員が、物語を通じてそれぞれの「言えなかった言葉」と向き合いました。拓実は菜月への想いを、菜月は過去の後悔を、大樹は自分の弱さを、それぞれ認め合います。全員が傷つきながらも一歩前進したという点において、この結末は非常に誠実な青春の描写となっています。
「悲愴」と「Over The Rainbow」が示す調和の意味
劇中で歌われるミュージカル曲には、物語の核心を突く重要な仕掛けが施されています。
相反する感情を重ね合わせるマッシュアップ
クライマックスの楽曲『心が叫びだす~あなたの名前呼ぶよ』は、ベートーヴェンの『悲愴』と『Over The Rainbow』という二つの名曲を同時に歌うマッシュアップ形式がとられています。「悲しみ」を象徴する曲と、「希望」を象徴する曲が重なり合い、一つの美しいハーモニーを生み出します。
矛盾する感情の肯定
これは、人生には悲しみと喜び、絶望と希望が同時に存在し得ることを音楽的に表現しています。順の失恋(悲しみ)と、言葉を取り戻した未来(希望)が共存するラストシーンは、まさにこの楽曲そのものです。私がこのシーンで涙したのは、割り切れない複雑な感情を、音楽がすべて包み込んでくれたからでしょう。
誰もが抱える「叫び」を肯定する物語
この映画は、特定の誰かとの恋愛をゴールにするのではなく、「叫びたがっている心」を解放することをゴールとしています。
「玉子」というメタファーの正体
順を苦しめていた「玉子」は、精神分析的に言えば、自分自身を検閲する「超自我」のような存在です。「これを言ったら嫌われる」「こんなことを言ってはいけない」というブレーキが、彼女の声を奪っていました。これは現代を生きる私たち全員が持っている悩みでもあります。
全肯定へのアンセム
映画のラストで順が叫ぶ言葉は、きれいな言葉ばかりではありません。しかし、その泥臭い本音こそが人間らしさです。本作は、綺麗な建前だけでなく、汚い本音も含めて「自分」であることを肯定してくれます。だからこそ、多くの人の心に深く突き刺さるのです。
物語を彩る秩父の聖地と制作背景
物語のリアリティを支えているのは、実在の風景と、制作スタッフの緻密な設計です。
実在の風景がもたらすリアリティと没入感
『あの花』に続き、本作も埼玉県秩父市が舞台となっています。実在する場所が物語の背景になることで、キャラクターたちの存在感がぐっと増しています。
聖地巡礼で感じる物語の余韻
ファンに人気の「聖地巡礼」ルートでは、キービジュアルにもなっている「横瀬駅」や、重要なシーンで登場する「大慈寺」、街を見下ろす「羊山公園」などを巡ることができます。私が実際に現地を訪れた際、秩父の盆地特有の閉塞感が、順たちの行き場のない感情とリンクしているように感じられました。この土地だからこそ、あの叫びが響いたのだと実感できます。
徹底されたロケーションハンティング
背景美術チームは、単に写真をトレスするのではなく、キャラクターの心情に合わせて風景を切り取っています。例えば、順が坂道を駆け上がるシーンや、ファミレスでの会話シーンなど、日常の風景がドラマチックに描かれています。これにより、私たちはアニメの世界に自然と引き込まれていくわけです。
超平和バスターズの挑戦と進化
長井龍雪(監督)、岡田麿里(脚本)、田中将賀(キャラクターデザイン)の3人からなる「超平和バスターズ」は、本作でさらなる進化を遂げました。
過去から現在への視点の移動
前作『あの花』が「過去(死者)」との対話だったのに対し、『ここさけ』は「現在(生者)」同士のぶつかり合いを描いています。より生々しく、痛みを伴うテーマに挑んだことで、彼らの作家性はより深みを増しました。岡田麿里氏の脚本特有の、胸をえぐるようなセリフ回しは本作でも健在で、観る者の心に爪痕を残します。
ミュージカルという武器
アニメーションでミュージカルをやるという挑戦も、本作の大きな特徴です。唐突に歌い出すのではなく、「本音を隠すための演技」としての歌、そして「本音を叫ぶための手段」としての歌という二重構造を持たせることで、違和感なく物語に組み込んでいます。この構成力は見事と言うほかありません。
まとめ
『心が叫びたがってるんだ。』のラストは、決して「ひどい」ものではありません。それは、予定調和なハッピーエンドを拒否し、痛みを含んだ現実を生きる若者たちの背中を押す、力強いメッセージだからです。
- 恋は実らないが、言葉は取り戻せる
- 悲しみと希望は共存できる
- 本音を叫ぶことは、痛いけれど尊い
私がこの記事を通じて伝えたかったのは、表面的な結末の良し悪しだけでなく、その奥にある「再生の物語」を感じ取ってほしいということです。賛否両論あるからこそ、この作品は心に残り続ける名作なのです。まだ観ていない方はもちろん、一度観てモヤモヤした方も、ぜひもう一度、彼らの「叫び」に耳を傾けてみてください。

